英語学習全般

「英語が話せる」とはどういうレベルを言うのか

「どうやったら英語が話せるようになりますか?」
「英語が話せるようになりたいです」

こういった言葉をよく聞きますが、そもそも英語が「話せる」「話せない」の境界線はどこにあるのでしょうか?

まず、そこから考えると、もっと気楽に英会話の勉強ができるようになるでしょう。

canと'tのイラスト

「まったく話せない」以外なら「話せる」ゾーンにいる。

紙にthank youと書いている

そもそもどの言語であれ、どういったレベルをもってその言語が「話せる」というかは漠然としています。

つまり「話せる」と「話せない」との境界線というのはとてもファジーなものです。

ただ、あなたはおそらくウズベク語やイバナグ語、あるいはチワン語やナバホ語を1語たりとも話せないないですよね。

これは厳然とした事実であって、ここには1㎎のファジーさもありません。
こういう場合は誰の目から見ても明らかに「話せない」と言い切って間違いないでしょう。

でも、逆に言えば、

Good morning.

Thank you so much.

My name is ~.

Where do you live? 

もし、あなたがこれらのフレーズくらいは言えるというなら、すでに境界線をまたいで英語を「話せる」方に属しているということです。

今後、もし「あなたは英語が話せますか?」と聞かれたら、「話せますよ」と答えてもウソにはならないということです。

 

小学1年生だって、国会討論はできなくても日本語は「話せる」

小さな子供

英語が「話せる」と「話せない」との境界線について、もう少し考えてみましょう。
ただし、英語ではなく日本語に置き換えて考えてみることにします。

そもそも日本人は何歳から「日本語が話せる」ようになるのでしょうか?
これは別に発育のことを言っているのではありません。

私たちが普段、英語について「話せる」とか「話せない」と言っているレベルで考えた場合、日本人が日本語を「話せる」というのはどのくらいのレベルのことを指しているのかな? という話です。

たとえば小学1年生の子供たちは日本語が「話せる」と考えてもいいでしょうか?
おそらく大丈夫ですよね。
だって、普通に日常会話をしていますから。

もちろん小学1年生のほとんどは難しい話はできませんし、会社の会議で発言したり、国際会議で意見を述べたりはできないでしょう。

しかし、だからと言って誰も「キミは日本語が話せないじゃないか!」と責めたりはしません。

ところが英語の話題になると、英語を使ってアメリカ人と討論できないようでは「英語が話せる」とは言えない!と断定する人がけっこう多いものだから困ってしまうんですね。

日本語でだって人前でしゃべるのが苦手な人はたくさんいますし、そもそも性格的に人と討論なんかしたくない、という人もいっぱいいます。

しかし私たち日本人は小さな子供でもとりあえず自分の思いを一部の日本語で表現できれば「日本語を話せる」と考えています。

だったら英語もそれと同じように考えていいのではないですか?

 

「あなたは英語が話せない」と言ってくる日本人の心理

勉強している本

とにかく若い頃から英語の勉強には時間と金を投資し、人一倍の努力をしてきた、という日本人は、そこまでやっていない日本人の英語力をおいそれと認めたりはしません。

だから自分ほどの勉強をしていない人に対しては
「そんなレベルで英語が話せるなどと言うな」
と、つい上から目線でものを言ってしまうことになります。

また、他人の英語力に対してシビアな評価を行う日本人は英語ビジネスと関係している場合も多いです。

たとえばよく耳にするのが
「英語を話せるようになるには2000時間が必要です」
といった決まり文句です。

これはおそらくアメリカあたりの研究データをもとにしていると思うのですが、この場合も突っ込みどころはたくさんあります。

まず、「英語習得に2000時間必要」というなら、現時点で1900時間しか勉強していない人はまだ英語が「話せない」領域に属しているということでしょうか

最初にも書きましたが、「話せる」「話せない」はそもそもファジーなのに、いったいどういう根拠で2000時間のところにピンポイントで境界線を引いたのか?という疑問が出てきます。

いや、それ以前にやはり「話せる」「話せない」をどうやって区別しているのか?というのが気になりますよね。

でも、たぶんこれは追求しても仕方がないと思います。

おそらくこの「2000時間が必要です」というフレーズを考えた人は実際にはそんなこと思っていないかもしれません。

ただ単に、生徒1人1人がせめて2000時間ぶんの授業料を払ってくれないと、は自分のところの英会話学校は経営が成り立たない、、つまり経営的な目線で算出した英語学習時間が2000時間というのが本当のところかもしれないからです。

でも、私から見ると、これは自己肯定感が低いという日本人の民族性につけこんだ商売のような気もします。

 

自分が「英語が話せる」と思えればそれで十分

たとえば漢字の書き方で困っている外人から
「アナタハニホンジンダカラ、カンジガカケマスネ?」
と聞かれた場合、どう答えますか?

「まあ、書けるといえば書けるけど、バラとかユーウツとか難しいのは書けないからね」
と答えるでしょう。

つまり漢字検定何級とかを持っているわけではないし、実際、書けない漢字は山ほどあるけど、外人から「書けるか、書けないか」と聞かれたら、「そりゃ、書けるさ」と答えるわけです。

だったら別に流暢に英語が話せなくても、ビジネス英会話ができなくても、知らない単語がまだまだあっても、まったく話せないわけでなければ「話せる」領域に自分はいる、と考えていいと思っています。